賤嶽懐古 其二

燎炬鼓鼙驚宿鴉
余呉湖畔血沾沙
誰知赫赫北庄焰
他日卻能灰浪華

2009年5月

押韻

鴉・沙・華:下平声六麻韻

訓読

賤ヶ嶽懐古 其の二

燎炬 鼓鼙 宿鴉を驚かし
余呉湖畔 血は沙を沾す
誰か知らん 赫赫たる北の庄の焰
他日 却って能く 浪華を灰せんとは

燎炬:たいまつ
鼓鼙:攻めつづみ,攻め太鼓
宿鴉:ねぐらのカラス
余呉湖畔血沾沙:合戦後,大勝をおさめた秀吉軍の兵は余呉湖の水で武具を洗い,湖の水が血で真っ赤に染まったという.
赫赫:炎の勢いがさかんなさま
北庄:北ノ庄城.柴田勝家の本拠地.賤ヶ嶽の敗戦から3日後の天正11年4月24日(1583年6月14日),前日から秀吉軍に城を包囲されていた勝家は,城に火を放って妻お市の方とともに自害した.このとき,お市の方の連れ子(浅井長政の子)である三姉妹は城を逃れ,秀吉の庇護のもとに入った.その長女が茶々(淀殿)であり,のち秀吉の側室となって嫡子秀頼を生んだ.
:ここでは動詞.灰にする.
浪華:大阪.賤ヶ嶽の戦いから約30年後の慶長20年5月8日(西暦1615年6月4日),大阪夏の陣で大阪城は陥落し,豊臣秀頼は母淀殿とともに自害して豊臣氏は滅んだ.落城の際,大阪城は炎上して灰燼に帰した.

賤ヶ岳懐古

合戦の夜には,たいまつの明かりや攻め太鼓の音がねぐらのカラスを驚かし
余呉湖畔では血が砂をうるおしたという.
いったい誰が知り得たであろうか,北ノ庄城を包んであかあかと燃え上がる炎が
後年,逆に秀吉が築き上げた大阪城を灰にし,豊臣氏を滅ぼすことになろうとは.

補足

写真は賤ヶ岳から望む余呉湖です.