苦熱

烈日滿窓燒采椽
唾乾汗煮體將燃
吾廬所在人如問
火焰山頭熱海邊

2023年8月

押韻

椽・燃・邊:下平声一先韻

訓読

苦熱

烈日 窓に満ち 采椽を焼く
唾 乾き 汗 煮え 体 将に燃えんとす
吾が廬の所在 人 如し問はば
火焔山頭 熱海の辺

苦熱:厳しい暑さ、酷暑。または、暑さに苦しむ。
采椽:伐採したままのたるき。転じて質素な建物。
火焰山:略して火山。西域トルファン郊外の真っ赤な丘陵。『西遊記』にも火を噴く山として登場する。 岑參《火山雲歌送別》「火山突兀赤亭口 火山五月火雲厚」
熱海:キルギスタン北東にあるイシク湖。かつては、その湖水は文字通りに熱く煮えたぎっていると想像されていた。 岑參《熱海行送崔侍御還京》「側聞陰山胡児語 西頭熱海水如煮 ・・・ 蒸沙爍石燃虜雲 沸浪炎波煎漢月」

暑さに苦しむ

窓いっぱいに激しく照りつける太陽はこの粗末な家を焼かんばかり
唾は乾ききり汗は沸騰し体は今にも燃え出しそうだ
こんな我が家の在り処をもし人が訊ねるなら
火焔山のそば、熱海のほとりだと答えてやろう

補足

2023年8月提出の春風吟社題詠です。題詠ですが、すべて実感に基づいています。

古くは楽府雑曲歌辞の曲名に「苦熱行」というものがあり、流金・礫石・火山・炎海などの厳しい炎熱の艱難を詠むもので、いわば異世界ないし非日常の暑熱がテーマになります。これに対して近体詩の題詠で「苦熱」といえば、夏の日常における気候の暑さがテーマですので、両者は同じように暑さを描いていても、描きぶりは当然異なります。しかし、近年のとどまることのない温暖化により、異世界レベルの暑さが日常を侵蝕し、非日常的な暑さが日常化している今、両者の間の境界が消えつつあるようにさえ感じます。昨今の異常な暑さは、苦熱行で描かれるような非日常的な熱源を持ち込まなければ描き切れないのではないかと考えて、この詩では火焔山と熱海を持ち出してみました。