雷鳴に箸を落とす劉備(横山光輝『三国志』第15巻「英雄論」)
雷鳴に箸を落とす劉備(横山光輝『三国志』第15巻「英雄論」)


黑雲遽湧昼溟溟
怒雨狂風電又霆
虎豹吼號搖地響
蛟龍飛走劈天熒
曾燒賢相賜衣殿
或照英雄失箸亭
平昔驕兒無所怕
兢兢縮首撫臍瞑

    本朝古來警孩兒曰雷神好食人臍汝若露其臍應爲雷神所奪尾聯基之

2022年8月

押韻

溟・霆・熒・亭・瞑:下平声九靑韻

訓読


黒雲 遽かに湧いて 昼 溟溟
怒雨 狂風 電 又た 霆
虎豹の吼号 地を揺るがして響き
蛟竜の飛走 天を劈いて熒る
曽て焼く 賢相 衣を賜るの殿
或ひは照らす 英雄 箸を失ふの亭
平昔 驕児 怕るる所無きも
兢兢 首を縮め 臍を撫して瞑る

    本朝古来孩児に警して曰く、雷神は好んで人の臍を食らふ、汝若し其の臍を露はにすれば応に雷神の奪ふ所と為るべし、と。尾聯は之に基づく。

溟溟:薄暗い
電:稲妻
霆:雷鳴のとどろき
吼號:吼え叫ぶ
劈:切り裂く
熒:光る
賢相賜衣殿:昌泰3年(900年)清涼殿における残菊の宴で「秋思」詩を詠んだ菅原道真は醍醐天皇から御衣を賜ったが、翌年1月失脚、その2年後、大宰府で亡くなった。延長8年(930年)6月26日、清涼殿に落雷が直撃して多数の死傷者を出し、道真の怨霊によるものと噂された。 菅原道真《九月十日》「去年今夜侍淸涼 秋思詩篇獨斷腸 恩賜御衣今在此 捧持毎日拜餘香」
英雄失箸:曹操との会食中、「いま天下に英雄と呼べるのは君と余だけだ」と言われた劉備は、本心を見破られたかと驚き箸を落としてしまったが、折よく鳴った雷のせいにして切り抜けた。のち「聞雷失箸」という成語にもなる。 《三国志蜀書先主傳》「是時曹公從容謂先主曰、今天下英雄、唯使君與操耳、本初之徒、不足數也。先主方食、失匕箸。」《同・裴松之注》「華陽國志云、于時正當雷震、備因謂操曰、聖人云、迅雷風烈必變、良有以也。一震之威、乃可至於此也。」
平昔:普段。平生に同じ。
驕兒:わがままな子供
兢兢:おそれおののくさま。戦戦兢兢。


真っ黒な雲が急に湧いてきて昼間なのに薄暗くなり
怒り狂うような風雨が吹き荒れ、稲妻が走り雷鳴がとどろく
猛獣がほえる声のような雷鳴が地を揺るがして響き
竜が飛んでいく姿のような稲妻が天を切り裂くように光る
雷といえば、その昔、菅公が御衣を賜った清涼殿を直撃したこともあったし
劉備が箸を落とした時に窮地を救ったこともあった
そんな雷の前では普段怖いもの知らずのわがまま小僧でさえも
恐れおののいて首をすくめ臍をなでて目をつむるばかりなのだ

    (自注)わが朝では古来、子供をいましめて「雷様は人間の臍が好物だ。お前がもし臍を出していたら、雷様に取られてしまうぞ」と言った。尾聯はこのことに基づく。

補足

「雷」を題に詠物体の絶句を詠もうとしたのですが、収拾がつかなくなって七言律詩になってしまいました。

「雷様に臍をとられる」という迷信は日本独自のものなので、原文に注を付加しておくことにしました。